Nóregr[3]、Noreg[22](ノルウェー[2][3][6][18]) 北の道[3] [男][3]
― norðr[3]、norðri[1][13] 北[1]
― vegr[3] 道[1]
原典版
概要
- 865年[18] ハヴルスフィヨルドの戦い。ノルウェー統一[18]
- 872年[18] ハラルド美髪王がノルウェーの専制君主となる[18]
- 930年[18] <血斧のエイリーク>のノルウェー共同統治[18]
- 953年[18] ハーコン善王がノルウェーの国法を制定[18]
- 995年[18] ノルウェーのオーラヴ・トリュッグヴァソン王、オーラヴ聖王が生まれる[18]
- 997年[18] オーラヴ・トリュッグヴァソン王とエルリング・スキャルグスソン。ノルウェーとアイスランドのキリスト教布教のはじまり[18]
- 1218年[18] スノッリがスクーリ候の歓待をうけてノルウェーを訪れ、各地の史跡をたずねて後の『ヘイムスクリングラ』のための材料を集める[18]
- 1222~31年[18] ベルゲンの商人とオッディのスノッリの乳兄弟セームンドの対立抗争が次第に激化したことにより、ノルウェーとアイスランドの関係性が次第に悪化する[18]
スノリのエッダ 序文
- セーミングが支配した土地の名。セーミングからノルウェーの諸王や諸侯、ほかの貴族たちが発する[6]
- オーディンはエーシルたちを連れてトロヤを旅立ち、北方の国々、ノルウェー、スウェーデン、デンマーク、サクスランドを旅して支配し、多くの子孫を残した。そのため、彼らの言語がこれらの地域の母国語となったといわれる[6]
詩語法
ヘイムスクリングラ 原著者序文
- デンマーク王が陵墓をつくるようになってからも、ノルウェーではしばらく火葬の時代が続いていた[18]
- ハラルド美髪王がノルウェー王となったとき、アイスランドへの植民が始まった[18]
- 司祭の賢者アリによって、ノルウェーやデンマークやイングランドの王たちの生き様などが記録された[18]
- アリはノルウェーの諸王の伝記をオッド・コルスソンにならって書いた[18]