トール(ソール、ドーナル、ドナー)

Þórr[3][9][12][13][22](トール[1][2][3][6][10][18][23][25][26][27][28][29][30][31][32]、ソール[18]) [男][3]
北欧語Tor[29]
独語Donar[27]独語Donnar[29](ドーナル[27]、ドナー[27]) [男][27]

原典版

概要

  • オーディンの息子。神々の中で最も強い戦士[30]
  • 雷神[3][23][30]、農民の神[23][29][30]、農耕、牧畜、家屋、婚礼を司る[29]
  • 槌は岩壁画に見られるように力の象徴であったが、ヴァイキング時代に入り、トールの姿で神格化され、農民に最も親しまれた農耕神となった。槌を形どるペンダントがつくられたり、結婚式には斧や槌が花嫁への神聖な贈り物となった[30]。またトールの槌の形をした魔除けは、嵐に対しても用いられた[31]
  • 力の神として巨人から神々を守る[1]
  • 二頭のオスのヤギが引く戦車に乗って空を駆け、手にした小槌で大蛇を打ちのめし、雷と稲妻を起こすと言われている[32]
  • 多くの神殿に単独でまつられ、また地名や人名にトールの名が由来のÞór-から始まる名が多く残されていることから、民衆の間で最も愛された神であると言える[1]Þor、Þórから始まる人名・地名一覧
  • 義理の息子にウルがいる[1]
  • ゲルマンではドーナル、またはドナー。最初は雷雨の神、後に農耕、牧畜、家、結婚もドナーの支配する所となった。冬にドナーの祭日があり、酒宴が行われた。八世紀にはキリスト教の聖職者もドナーを崇拝していたという報告がある。ドナーは雷でもって、人に危害を与える妖魔や小人巨人たちを遠ざける[27]
  • シェトランド諸島で行われる火祭り「アップ・ヘリー・アー」では、総督ヤールを先頭に五十人近い武装した戦士達が主神オーディンやトールなどの神々を讃える歌を大合唱しながら行進する[28]
  • かつてウプサラには聖なる森と神殿があり、神殿の内部にはトールを中央にオーディンフレイの像が建てられており、悪疫や飢餓が蔓延するとトールに生け贄が捧げられた[30]
  • ゴトランド島のアンドレで見つかった石碑には、トールとヒュミルの釣りなどの様々な伝説が描かれている[32]
  • スウェーデンのアルトゥーナのルーン石碑には、トールがミズガルズの大蛇をつり上げる模様が描かれている[30]
  • スウェーデンのブロンマで見つかった岩壁には、オーディンとトールの姿が描かれている[30]

巫女の予言

  • 約束によって巨人フレイヤを引き渡すことになりかけた際、トール一人だけが怒りにまかせて打ってかかった。これによって神々と巨人の間で交わされた誓いや約束は破られた[1]
  • 世界の終末のおり、ミズガルズオルムと戦うが相打ちとなる[1]

グリームニルの歌

  • ユグドラシルのところへ判決を下しに行くとき、ケルムト、エルムト、ケルラウグという川を徒渉する[1]
  • 神々が滅びるまでは、スルーズヘイムという場所にいるという[1]

ハールバルズの歌

  • 東の国(管理人注:ヨトゥンヘイム)からの帰途にさしかかった瀬戸で、ハールバルズという渡し守に化けたオーディンと言い合いをする[1]
  • 三つのよい屋敷を持っている[1]
     ― (訳注:この節の前の部分が欠落しており、その三つの屋敷がどこなのかは不明)[1]
  • 戦いで死んだ奴僕の輩はトールのものになる[1]
  • 東の河を守っていたさい、スヴァーラングという巨人の息子たちと戦った[1]
  • フレーセイでは、女のベルセルクを殺した[1]
  • フルングニルと戦って打ち勝ったことをハールバルズに自慢した[1]
  • ハールバルズ曰く、トールが不在の間に家で母親が死んだらしい[1]
  • 怪力の巨人スィアチを殺し、その眼を明るい天に投げた[1]

ヒュミルの歌

ロキの口論

  • エーギルアース神のための酒宴を開催したが、その時東方に行っており、宴には参加しなかった[1]
  • シヴの夫。東の国への旅の道中、手袋の親指の中で縮こまっていたことや、スクリューミルの結んだ革紐をほどけなかったことをロキにバカにされた[1]

スリュムの歌

アルヴィースの歌

  • 美しい娘がいる[1]
  • 自身が不在の間に娘と婚姻を結んだというアルヴィースが家にやってきたとき、彼に様々な質問を投げかけ、日が昇るまで時間を稼いで罠に掛けた[1](訳注:小人は日の光に当たると石になる[1]

ヒュンドラの歌

スノリのエッダ 序文

  • トロール(Trór[12])とも呼ばれる[6]
  • トロヤの王ムーノーン(Múnón[12])(メノーン(Mennón[12])とも)と大王プリーアムの娘プローアンの間に生まれた息子。大変容貌が美しく、怪力無双であった[6]
  • ローリークース(Lóríkus[12])という名の公によりトラキーア(Trákíá[12])で育てられたが、ローリークースとその妻ローラ(Lórá[12])(グローラー(Glórá[12])とも)を殺し、トラキーアを我が物とした[6]
  • シヴと呼ばれる女予言者を妻にし、以下の一族をもうけた[6]
    • Lóriði[12] ローリジ[6] トールとシヴの間の息子。トールに似ていた[6]
    • Einridi[12] エインリジ[6] ローリジの子[6]
    • Vingeþórr[12] ヴィングトール[6] エインリジの子[6]
    • Vingener[12] ヴィンゲネルデ[6] ヴィングトールの子[6]
    • Móda[12] モーダ[6] ヴィンゲネルデの子[6]
    • Magi[12] マギ[6] モーダの子[6]
    • Seskef[12] セスケヴ[6] マギの子[6]
    • Beðvig[12] ベズヴィグ[6] セスケヴの子[6]
    • Athra[12] アトラ[6] アナン(Annan[12])とも呼ばれる。ベズヴィグの子[6]
    • Ítrmann[12] イートルマン[6] アトラの子[6]
    • Heremóð[12] ヘレモーズ[6] イートルマンの子[6]
    • Skjaldun[12] スキャルドゥン[6] スキョルド(Skjöld[12])とも。ヘレモーズの子[6]
    • Bjáf[12] ビヤーヴ[6] ビジャール(Bjár[12])とも。スキャルドゥンの子[6]
    • Ját[12] ヤート[6] ビヤーヴの子[6]
    • Guðólfr[12] グゾールヴ[6] ヤートの子[6]
    • Finn[12] フィン[6] グゾールヴの子[6]
    • Fríallaf[12] フリーアラヴ[6] フリズレイヴ(Friðreif[6])とも。フィンの子[6]
    • Vóden[12] ヴォーデン[6] オーディンとも。フリーアラヴの子[6]

ギュルヴィたぶらかし

  • オーディンの最初の息子。ヨルズを母に持つ。並外れた力を持っており、あらゆる生きものを打ち負かした[1]
  • アース神たちはそれぞれ馬に乗ってウルザンブルンの法廷に毎日赴くが、トールは徒歩で川をかちわっていく[1]
  • オーディンを除くアース神の中で一番偉く、神々と人間たちのうちで一番強い[1]
  • スルーズヴァンガルという場所に国をもち、ビルスキールニルという館を持っている[1]
  • タングニョーストタングリスニルという二頭の山羊のひく車に乗るため、車のトール(Öku-Þórr[12])と呼ばれる[1]
  • 三つの宝を持っているが、そのうちの一つであるミョルニルという槌で、霜の巨人や山の巨人たちの頭蓋骨を数多く打ち砕いた。またもう一つの宝である力の帯を腰におびると、二倍の力がでるという。三つ目の宝である鉄の手套は、槌の柄を握るのになくてはならない[1]
  • ヴィーザルはトールの次に強いといわれている[1]
  • シヴの夫。ウルの継父にあたる[1]
  • ある日トールが東の方に怪物を退治に出かけていたとき、一人の鍛冶屋がアース神のもとにやってきて、立派な砦を造る代わりにフレイヤと太陽と月を報酬に欲しいと申し出た。一度は取り決めが固められたものの、鍛冶屋の正体が山の巨人であること悟った神々が誓いを破り、はせ参じたトールはミョルニル巨人の頭蓋骨を粉々に砕き、ニヴルヘル[1]ではニヴルヘルだが、[12]ではNiflheimになっている)の下に投げ込んだ[1]
  • ある日ロキと共に山羊にひかせた車に乗って旅をし、ある百姓のところで宿をとった。そこでトールは山羊を二頭とも殺して百姓夫婦とその息子スィアールヴィ、娘レスクヴァを食事に誘った。山羊は骨と皮さえ無事であればミョルニルで清めれば復活できるはずだったが、スィアールヴィが忠告を守らず腿の骨をナイフで切り裂き、髄までこじ開けて食べてしまったため、一匹の山羊はびっこになってしまった。怒り狂ったトールに百姓たちは命乞いをし、スィアールヴィレスクヴァがトールの召使となった。山羊を百姓の家に残したトールは、ロキスィアールヴィレスクヴァと共に東のヨーツンヘイムへの旅を続け、道中で非常に大きな小屋を発見して宿を取ったが、夜中にすさまじい騒音と大地震で目が覚めてしまった。翌朝、その騒音と大地震の正体が一同の近くで眠っていた非常に大きな男によるものだったと判明し、怒ったトールは力帯を締め、神力を振るってミョルニルで男の頭をかち割ろうとしたが、男が起きてしまって未遂に終わった。男はスクリューミルと名乗り、一同と途中まで行動を共にした。道中何度もトールはスクリューミルの頭にミョルニルを振るったが、たいしたダメージを与えることはできなかった。やがてトールたちはウートガルズとよばれる城市へたどり着いた。そこでトールは、その地を治める王ウートガルザ・ロキに一芸を披露するように言われ、酒の飲み比べをしたが、少ししか減らすことができなかった。実はこの角杯の底は海に繋がっており、トールが猛烈に飲んだことで海の水が引き、これがいま干潮と呼ばれている。次に大きな灰色の猫を地面から持ち上げる競技に挑戦したが、片足を持ち上げるだけで精一杯だった。最後にウートガルザ・ロキの乳母エリと相撲をし、長い間抵抗したが、最後には片膝をついて敗北した。ウートガルズを去るとき、ウートガルザ・ロキの口から、城と自分たちを守るためにトールらを化かしていたと明かされ、怒ったトールが攻撃しようとしたが、ウートガルザ・ロキの姿も城も消えてしまった。トールはスルーズヴァンガルに引き返し、復讐を果たすために若者の姿をしてミズガルズの大蛇を探しにいき、ヒュミルという巨人と共に漁に出た。ヒュミルの飼っていた牛の中で一番大きいヒミンフリョートという牛の首を餌にミズガルズの大蛇を釣り上げ、槌で殴ろうとしたが、ヒュミルが釣り糸を切ってしまったため、後ろから槌を投げつけて蛇の首を切り落とし、ヒュミルの横面には拳骨を食らわせた[1]
  • バルドルを荼毘に付すための火葬薪をミョルニルで清めていたところ、足元にリトという小人が走り出たので、蹴飛ばして火の中に放り込み焼死させた[1]
  • 鮭に変身し滝に潜んだロキを捕まえる為に、魚とり網の片端をトールが、もう片端をアース神の残り全員がもって手繰り上げた。その網を飛び越えようとした鮭を手でつかんだが、手の中で滑ったので尻尾のあたりをぐいっと力を入れてつかんだ。そのため鮭の尻尾は先細りになっている[1]
  • ラグナレクではオーディンと並んで馬を進め、ミズガルズの大蛇と戦い血祭りにあげる。しかし大蛇が吹きかけた毒のため、九歩その場から引き下がったところで大地に倒れて死ぬ[1]

詩語法

ユングリンガサガ


トールの名に関連するケニング

    ヨルドを表すケニング
    • móður Þórs[9] トールの母[2] (móðir 母 [女] 英語motherに相当)[3]
    • 巨人の敵(トール)の母[2] [9]-32.(78)
    ウルを表すケニング
    • stjúp Þórs[9] トールのまま子[2]
    シヴを表すケニング
    • konu Þórs[9] トールの妻[2] (kona 女 [女] 英語queenに相当)[3] [9]-29.
    ヨルムンガンドを表すケニング
    • 山羊の主(トール)の巨魚[2]
  • Þórs トールの
  • 英語thunder[3]
  • 英語Thursday[3][25][27][29](トールの日[3][25][27]) ラテン語で木曜を表す羅語dies Jovis[3]、Jovis dies[27](ユピテルの日[3][27])が六世紀頃ゲルマン人の天候の神ドナーにちなんだ独語Donners-tag[27][29](ドンナァス・ターク[27])と訳された[3][27]スウェーデン(北欧語)ではTorsdag[29]。この異教の神にちなんだ曜日は教会側から洗足木曜日などの神聖な祝日を当てて異教的な崇拝の名残を薄めようとされた。火曜日と並び開廷日として好まれ、結婚式には吉日とされる[27]。またキリストの昇天を祝う祭りは木曜日に行われるが、キリスト教によって異教の神として排斥されたトールと結びつく日であることと、キリスト昇天のため天が開くことから雷が落ちる悪い日と信じられるようになり、仕事は休み、とくに縫い物と水泳をしてはいけないといわれている[29]
  • 独語Donner[27](ドンナァ[27]) 雷、雷鳴[27] [男][27] 雷はドナーの投げる槌から生じ、またドナーの乗る車の発する音ともいわれる。花嫁行列の時の雷鳴は吉兆、春の雷は豊穣の印といわれる[27]
  • 独語Blitz[27](ブリッツ[27]) 稲妻、電光[27] [男][27] 稲妻は巨人や妖魔が投げつけて病気、不作をもたらす道具と考えられた。その後ドナー(トール)の投げる鎚と変わった。雷を防ぐと信じられる植物などはドナーと結びつき、雷を呼び込む植物は巨人伝説と結びつく[27]
  • 独語Eiche[27](アイヒェ[27]) 樫、かしわ[27] [女][27] ゲルマン人が最も崇拝した森の木。偶像的崇拝を受けていた雷神トールの樫の木が、聖ボニファティウスによって伐り倒された話は有名。それ以来樫の木は「聖なる木」と「呪われた木」の矛盾したふたつの伝承がある[27]

トールの名が由来の人名・地名

オーディンとトールのどちらが先に民衆に崇拝されていたかについては、学者の間で様々な議論が行われておりはっきりしない。(同じ『スノリのエッダ』の中でも、『序文』ではオーディンはトールの子孫であるのに対し、『詩語法』や『ギュルヴィたぶらかし』などでは逆にトールがオーディンの子として描かれているなど、古典のなかでも扱いにばらつきがある)

  • トールはオーディンの息子で、後にオーディン以上に民衆に崇拝された[3]
  • はじめ、スカンジナヴィアの農民の間でトールが主に崇拝されていた。その後ライン河畔から発したオーディン崇拝が戦士や貴族階級を中心に北に広がり、やがてトールはオーディンの子となった[1]
  • トールのほうがオーディンより古い、格の高い神らしい証拠も多くある[15]

参考文献


新釈北欧神話版

第一章

オーディンの第三子。大地の女神ヨルドとの間の子。
赤ん坊ながら、強い力を持つようだ。

新釈北欧神話での登場エピソード一覧(Amazonに飛びます)